みヅゑ…

流転の好事家あたしかの公開備忘録

当方的2023年展覧会ベスト10

 年末なので、当方が今年見に行った463の展覧会の中から個人的に良かった展覧会を10選んでみました。例によって順不同です。

 

・「ラテンアメリカの民衆芸術」展(2023.3.9〜5.30、国立民族学博物館


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 タイトルが如実に示しているように、ラテンアメリカ中南米諸国において(アーティストに限らない)民衆たちが作った民芸品や、人々の社会運動の中で作られた作品などが並ぶ展覧会だったが、私たちが簡単に「民衆」と言って済ませてしまう諸存在の現在に至るまでの歴史的な形成過程にまで踏みこんだキュレーションがなされることで、中南米諸国において「民衆」という概念それ自体がいかに問題含みであるかも感得できるものとなっていた。一般論として、中南米諸国は独立後も国民国家の形成が上手くいっているとは言い難いものだが、そういう歴史の中で「民衆」もまた様々な定義が内的/外的に与えられ、そこにおいて様々な構想/抗争が現在においてもなお盛んである──そのことを出展物によって雄弁に語り切ってしまうところに、みんぱくの、ひいては民族学の底力を感じることができる良展覧会だったと言えるだろう。

 

・「Re: スタートライン 1963-1970/2023 現代美術の動向展にみる美術館とアーティストの共感関係」展(2023.4.28〜7.2、京都国立近代美術館

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 1963年に東京国立近代美術館の分館としてオープンし、今年60周年を迎えた京都国立近代美術館が、開館当初の名物企画だった「現代美術の動向」展を現在において、当時の出展作品のみならず、史料なども広く渉猟して再考してみたといった趣の展覧会。現在の視点から見ると、「現代美術の動向」展が開催されていた1963年から1970年にかけての時期は、その間に68年革命を挟んでいることからも分かるように、前時代のモダンアートや前衛芸術から激変した時期とされているが、その激変の影響を真正面から受けながらも、なお前時代的なモダンアートの言説空間の中で紹介しようとしたこと──そしてそれが年を追うごとに困難になっていったこと──が、年ごとに区切られたコーナーの劈頭に(当時展示室前に掲げられていたであろう)挨拶文を再掲することで分かるようにしていたのは、ポイント高。当方もその文章を読みながら、く、苦しいねェ…… となったのだが、それはともかく、美術館が過去の企画を現在において批評的に「読み解く」系の展覧会としては、非常に出来の良いものとなっていた。

 

ゲルハルト・リヒター展(2022.10.15〜2023.1.29、豊田市美術館

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 ドイツの画家ゲルハルト・リヒター(1932〜)というと、様々なシリーズの絵画作品を手掛けることで、「絵画」という営みの現在を様々な観点から再考し続けていることで知られているが、東京国立近代美術館とこの豊田市美術館で昨年から今年にかけて開催された個展は、そんなリヒターの軌跡を大作群によって一挙に展望できる貴重な機会となった。卒寿記念 ゲルハルト・リヒター先生展←← リヒターについては既に様々な言説が紡がれており、この展覧会についても多くの言葉が費やされているので、詳細はそちらに譲るが、個人的にはこれがあの作品か〜となりながら見て回るだけでも相当良き経験になったし、彼の絵画観とドイツ現代史観が交錯した《ビルケナウ》に接することができたのが大きかった。

 

・「働く人びと 働くってなんだ? 日本戦後/現代の人間主義」展(2023.10.7〜12.17、神戸市立小磯記念美術館

*出展作家:小磯良平田中忠雄内田巌高山良策、新海覚雄、桂川寛中村宏、大森啓助、須田寿、朝倉摂脇田和猪熊弦一郎宮本三郎、中谷泰、北川民次野見山暁治真鍋博、梅宮馨四郎、海老原喜之助、靉嘔、尾田龍、西村功、菅原洸人、相笠昌義、やなぎみわ澤田知子会田誠、乙うたろう(前光太郎)

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 画題としての「労働(者)」「労働運動」を戦後日本の近現代美術はいかに主題としてきた/し損ねたかを、当時の作品を通して通観していくという展覧会だったが、そこに小磯良平(1903〜88)と彼の大作《働く人びと》(1953)を加えることで、事態をめぐる考察をより高解像度のもと立体的に組み立てており、この美術館にしては(←失礼!)クリティカル。当時であればプチブル(今ならさしずめ「実家が太い」になるだろうか)芸術家の一角を占めているとされていたであろう小磯のいかにもプチブル人間主義に基づく労働観と、1950年代に大きな流れとなっていた「ルポルタージュ絵画」の作品群を並べることで、その双方を合わせ鏡として提示し、しかしかかる鏡像関係を破壊する〈出来事〉((C)アラン・バディウ)としての「68年革命」によって美術と労働&社会運動の関係が決定的に変質したことを現代に近い時代の作品を通して示しており、そういう意味では、2019年に兵庫県立美術館で開催された「Oh!マツリ☆ゴト 昭和・平成のヒーロー&ピーポー」展の続編というか批評的な応答となっていたと言えるだろう。かかる美術と労働の関係が変質した後における制作と労働とを(実際に神戸市内の小学校で図工の先生をしている)乙うたろう=前光太郎氏を通して見せていたのも、ポイント高。

 

・「泉茂 Newly Discovered Works」展(2023.9.13〜10.8、Yoshimi Arts & 2023.9.15〜10.8、the three konohana)

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 詳細はこちらを参照されたい。

 

 数年前から泉茂(1922〜95)の画業を新たな位相において見せ直す作業を続けているYoshimi Artsとthe three konohanaだが、今回は近年新発見された泉の作品を見せるものとなっていた。話を聞いた当初は小品や習作の類だろうと思っていたのだが、実際は(なぜこれが泉の没後30年近くにわたって未発見だったのか理解に苦しむほどの)超大作だったので、まずそこに驚くばかり。Yoshimi Artsに出展されていたのは泉が多く手がけていた様式の集大成となる作品であり、the three konohanaに出展されていたのは、(終生作風を転換させ続けた泉にしては珍しくこれ一作しかないものであることから)ありえたかもしれない泉の姿を想像させるものであったのだが、いずれにしても、私たちは泉について未だほとんど何も知らないのではないかと思わせるほどインパクトの大きい展覧会であった。

 

・「走泥社再考 前衛陶芸が生まれた時代」展+「歴程美術協会からパンリアル、そしてパンリアル美術協会へ」展(2023.7.19〜9.24+2023.7.13〜10.1、京都国立近代美術館

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 詳細はこちらこちらを参照されたい。

 

 1963年に東京国立近代美術館の分館としてオープンし、今年60周年を迎えた京都国立近代美術館(←二回目)が、1948年に八木一夫たちによって結成された陶芸団体「走泥社」の歩みを、特にその前期(1973年ごろまで)に絞って見せていた。八木や走泥社に限らず、同時期の陶芸の動向──ほぼ同年に結成された「四耕会」や辻晉堂(1910〜81)との関係がクローズアップされることになるだろう──にも目配せをきかせることで、「前衛」精神が生まれ、発展し、頭打ちになるプロセス全体に通底する歴史性にも目を向けさせるものとなっていたのだが、かように前衛精神に至る流れを、歴程美術協会(1938〜43)の作品や同協会の参加者であった山崎隆(1916〜2004)の作品を紹介することで、戦前〜戦中にも敷衍させるという、企画展と常設展の連携プレイには舌を巻くことしきり。ええ勉強させてもらいました。

 

・「Paintings Now Redux──アジアの「いま」をめぐる」展(2023.9.1〜3、グランキューブ大阪3Fイベントホール(art stage OSAKA 2023内))

*出展作家:コラクリット・アルナーノンチャイ、ソピアップ・ピッチ、ブスイ・アジョウ、ホンサー・コッスワン、ロジト・ムルヤディ、ティン・リン、マリア・タニグチ、ルチカ・ウェイソン・シン、コア・ファム、ファディラ・カリム、マハラクシュミ・カンナパン

*ディレクター:遠藤水城

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 よくあるアートフェア形式から、複数名のディレクター/キュレーターを招いて複数のグループ展をひとつの会場内で同時多発的に開催するという形式に変わった今年のart stage OSAKA。そりゃこの方が良いですわな。わけても遠藤水城(1975〜)氏がディレクターとなって開催されたこの展覧会は、ASEAN諸国やインドにおける現代アートの一端を大作絵画という形で見せるものとなっており、普段あまり見かけない地域の作家たちのイキのいい仕事に接することができたという点で好感を持てるものとなっていたのだが、個人的にはこれらの地域が持つ、国民国家の形成というモーメントと脱国民国家的な後期資本主義への参加という相反するモーメントが複合的に進行している状況を「(絵画という)現場」として見せるという遠藤氏の企みにも注目しきり。2010年代以降、日本においてはアクティヴィズムやソーシャリーエンゲージドアートの類が戦後民主主義的な枠組を自明視することで急速に一国(平和)主義化していったのだが──酒井直樹氏の言う「引きこもりの国民主義」は、(ネット)右派に限った問題ではないのである──、遠藤氏の企みは出展作品や作家が直面している複合状況から背を向けている戦後民主主義に対するカウンターともなっていたと言えるだろう。

 

・中島麦「見えない色/みえる時間」展(2023.8.26〜9.11、KARINOMA 旧武石商店)

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 堺市にある築200年にもなる古民家を用いたKARINOMAなる施設で開催されたこの展覧会、今世紀初頭まで実際に人が住んでいたことから室内は各時代によって増改築と魔改造がされまくり、さらに一部は半壊していたので、さながら天然のコラージュ空間と化していたわけで、個人的にはそこにまず圧倒された。で、中島氏の作品はそんな超空間の各所にそっと置かれるように展示されており、影だらけでモノクロな室内空間と調和していて、なかなか良き。関西屈指のカラリストとしての地位を確立して久しい中島氏だが、このKARINOMAでは色彩の鮮やかさを見せつけるというより、超空間の中のワンポイントであることをむしろ積極的に選んでいるように見え、その控え目具合がむしろ心地良かったわけで。中島氏の色彩による陰翳礼讃は、思いのほか深い。

 

・田中佐弥「青い世界で蝶の夢を見る」展(2023.2.18〜3.1、Contemporary Art Gallery Zone)

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 関西を中心に、主にオブジェによって寓意・寓話を語る作品を作り続けている田中佐弥女史。今年はこの「青い世界で蝶の夢を見る」展と「現代暗黒寓話」展(2023.10.3〜8、KUNST ARZT)で個展に接する機会があったのだが、総合的な出来の良さという観点からすると、こちらを選びたい。モノによって迂回して語るというところに寓意の極意(極意?)があるのだが、意味や内容を直接的には語らなくても別の形で示すことが、展示空間全体を青くしてしまうという操作によってハイレベルで行なわれていたことに瞠目しきりだったわけで。田中女史は本職の占い師だそうで、ということは寓意や換喩という技法に関してはプロフェッショナルということになり、プロの達意を玩味できる貴重な機会となったのだった。

 

・宮岡俊夫「僕の父親 内なるアメリカ」展(2023.11.25〜12.3、KUNST ARZT)

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 詳細はこちらを参照されたい。

 

 以前の個展で昭和天皇を描いて天皇アート((C)アライ=ヒロユキ)界隈に名乗りをあげた宮岡氏だったが、今回は近衛文麿を描き、そこに歴史的な含意を──史実一辺倒にならない形で──含みこませることで、天皇を直接的に描くよりもはるかに高いレベルの天皇アートをものしていたことに驚かされるばかり。そうした宮岡氏の企みによって、私たちは戦後民主主義のもとに何を不可視化して忘却したかを改めて想起することになるわけで、戦後日本/戦後民主主義に対する実践的批評として、小規模ながらきわめてクリティカルであった。