みヅゑ…

流転の好事家あたしかの公開備忘録

中小路萌美「境界のかたち」展

 
 
 
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 西天満にあるOギャラリーeyesで4月12日〜24日に開催の中小路萌美「境界のかたち」展を見てきました。関西や東海地方を中心に精力的に活動している中小路萌美(1988〜)女史、近年はだいたいこの時期にこのOギャラリーeyesで個展を開催していますが、昨年はコロナ禍の影響もあって小品展の開催にとどまったため、新作を揃えた個展は二年ぶりとなります。


 さておき、今回は大小十点の絵画が出展されていました。デビュー以来、中小路女史の絵画は、風景画から抜き出された諸要素を改めて配置し直すという形で描かれており、それは今回も同様でした《私は実際に見た風景を元に何十層と色を重ねながらかたちを再構成し、見たことのない色やかたちを生み出そうとしています。例えば家や木がある風景であれば、まずキャンバス上に風景をそのまま描き、次にその家や木のかたちとかたちを合体、分解、回転させます。すると徐々に意味を持たなくなった色とかたちが反応し、むにゃむにゃとしたものが生まれ、まるでいのちを得たかの様にあちこちへと動き始めるのです》*1。つまり中小路女史の絵画は一見すると抽象画のように見えますし、実際そうなのですが、しかしそれを構成する要素はかかるプロセスによって得られた実在する/したものに由来しているわけで、その意味でメタ風景画というべきものとなっている。従って、抽象画といっても、具象的なものごとから完全に解離している(あるいはそうあることが目指されている)というわけではなく、コラージュ的に描かれた構成要素が以上のようなプロセスを経て改めて見出され使われていることで、どこか私たちの生きている生活世界との接点が残されているように見えるわけです。その意味で彼女の抽象画は、その歴史の中で蓄積されてきたであろうような、生活世界から解離され還元された形態や色彩の存在感やせめぎ合いをそのまま見せること──巷間、抽象画が意味不明なものとして受け取られてしまうのは、かような行為が広く共有されていないことに起因すると言えるでしょう──とは違った方向性を志向していると言えるでしょう。


 このとき、中小路女史が以上のようなプロセスによって見出されたものを〈むにゃむにゃしたもの〉と呼んでいることは、彼女の作品について考える際に非常に重要である。今回の展覧会に際して出されたステイトメントの中で中小路女史はこも〈むにゃむにゃしたもの〉について次のように述べています。

 

 絵の中のかたちは風景が元になっており、きっぱりとした直線やうねうねした曲線、もやのようなものと様々です。私はこれを「むにゃむにゃしたもの」と呼んでいます。このむにゃむにゃしたものは沢山の再構成を繰り返して生まれたものですが、風景の中にあった形そのものが変化しただけではなく、余白みたいなものが混ざっています。


 風景を一箇所からみると遠くのものも近くのものも同時に見えてはいるけれど、本当はそれぞれがはるか彼方にあって、その距離をぎゅっと圧縮した時に滲み出るなにか、それが「余白」であり、言い換えるなら間(あわい)のようなものでしょうか。*2

 
 〈むにゃむにゃしたもの〉とは「風景の中にあった形そのもの」が「沢山の再構成を繰り返して生まれたもの」だが、そこには常に「余白」が混じっている。そしてその「余白」とは風景の中にあるものが「その距離をぎゅっと圧縮した時に滲み出るなにか」である──中小路女史自身によるかような〈むにゃむにゃしたもの〉の定義は、彼女自身の絵画の説明であると同時に、それを更新する可能性をも含んでいるように、個人的には思うところ。これまでの中小路女史の絵画は、彼女が見た風景を構成要素としていることが如実に示しているように、「私は世界-内的存在である」ということを出発点としているのですが、今回の「境界のかたち」展において「余白」の存在がクローズアップされたことで、「風景の中にあった形そのもの」から要素を得て描くことが新たな形で改めて選び取られているわけです《私が静物や人物といった別のモチーフでは大きさや距離が足りないと感じていたのはこうした理由かもしれません。余白が足りないのです》。このとき、そこに「余白」が加わることで、彼女の絵画には自身の内的世界に対する剰余が描き込まれることになるだろう。そのような要素を描き加えるようになったところに、これまでの画業に対する自己批評と新展開を見出すことができるかもしれません。


 この〈むにゃむにゃしたもの〉を「余白」を含み込んだものとして考え直すとき、そこでは絵画における「空間(性)」、とりわけ絵画空間内における「図」と「地」の関係性が問題になっていると読み替えることができるでしょう。〈むにゃむにゃしたもの〉という言葉はその語感において不定形な何かを見る側に予感させ、図と地の関係性を単一ののっぺりとした「地」が複数の「図」を支えて共存させるという静的なものではなく、「地」と「図」双方が相互貫入的に影響しあうような動的な関係に置き直すことをも予感させる──ところでかかる中小路女史のプログラムの射程について考える上で、岡﨑乾二郎氏による坂田一男論は多くの示唆を与えるものとなっています。自身がキュレーションを行なった「坂田一男 捲土重来」展に寄せた論考の中で、岡﨑氏は坂田がフランスで直面し、帰国後もそれへの回答として自身の表現を独自に洗練させていった問題系について、次のように述べています。

 

今日に至るまで、通俗的モダニズム絵画のルーティンはニュートラル空間(多くは白色の余白)の提示にあり、そのニュートラルな空間を基底にして、その上に複数の形態、異質なオブジェが、ときに整合的にときにランダムに浮遊するように配置される、あるいはそれぞれの形態が透明に重なりあっているかのように表されるというものでした。(略)つまりこの基底に置かれたニュートラルな空間(平面)には、互いに異質ないかなる事物でも置くことができ、並存させることができる。つまり基底になる空間(平面)と、その上に浮遊するさまざまな図=事物は論理的な階層が別である。図は交換可能であるけれども空間はあらかじめ一義的に決定されていて変わることはないのです。図は下位レベルであり、空間(平面)は上位レベルにある。


坂田の絵画の向かっていた方向はまったく異なりました。ニュートラルだとみなされてしまいがちな絵画の平面を単一なものとみなさず、潜在的に異なる質をもった複数の平面があると認め、それを実体として扱う。すなわち同じ平面の上で異質な事物を遭遇させ並存させるのではなく、異なる複数の平面が同時にそこにあるとみなし、それを遭遇、並存させることこそが目指されていたのです。*3

 
 「絵画の平面を単一なものとみなさず、潜在的に異なる質をもった複数の平面があると認め、それを実体として扱う」ところに坂田の絵画の特質があると岡﨑氏は述べているわけですが、ここまで見てきたように、中小路女史の「余白」は(岡﨑氏における)坂田の問題意識と確実に呼応しつつ、その先をも見据えている──「異なる複数の平面」を「異なる」ものたらしめる要素とは何か、そしてそれを画面に描き込むことは可能なのかという疑問にいかに応答するかという問いである。「余白」と〈むにゃむにゃしたもの〉が重要なのは、かかる問いを含んだ位相においてであるわけです。


 ある時期以降、中小路女史の絵画は明確にこの問いを含んだものへと移行しています。つまり、風景画の中の要素によるコラージュが「互いに異質ないかなる事物でも置くことができ、並存させることができる」ものであることをやめ、「異なる複数の平面が同時にそこにあるとみなし、それを遭遇、並存させること」へと明確に方針が変わっている──その転換がいつなのかを特定することは難しいのですが、管見の限り、それは「図」にも「地」にも筆触が明確に現われるようになったときに、かかる転換がなされたと見ることができます《すべてのかたちは等しく、フラットになることが私の絵では重要です》*4。この「すべてのかたち」が「地」を含みこんでおり、それを可能にする因子こそが「余白」であることは、何度でも指摘されるべきでしょう。結果として中小路女史の作品はモダニズム/抽象芸術が潜在的に持っている動的な関係性への指向を改めて問題化していることによって、モダニズム/抽象芸術の問題意識を正当に受け継いでいる。

 

 

 

 

 

*1:引用元→ https://cheerforart.jp/detail/1512

*2:中小路萌美ステイトメントより

http://www2.osk.3web.ne.jp/~oeyes/2021/2021-4nm/2021-4nm.html

*3:岡﨑乾二郎「捲土重来 再起する絵画(絵画の変容そして勝利)」

*4:中小路[2021]

当方的2020年展覧会ベスト10

 年末なので、当方が今年見に行った402(コロナ禍のせいで昨年から比べるとかなり減りましたが……)の展覧会の中から、個人的に良かった展覧会を10選んでみました。例によって順不同です。



・「ヤン・ヴォー ーォヴ・ンヤ」展(6.4〜10.11 国立国際美術館

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 ベトナムに生まれるも幼少期に家族で脱出し、その後欧州で育って現代美術家となったという経歴を持つヤン・ヴォー(1975〜)。そんな彼の日本初個展となったこの展覧会は、以上のような彼の来歴に決定的な影響を与えたベトナム戦争にまつわる文物を集めて再配置するものだったが、文物の貴重さ──「休戦協定が調印されたパリのホテルにあった巨大シャンデリア」や「(当時の米国務長官だった)ロバート・マクナマラヘンリー・キッシンジャーの直筆メモ」など、そんなのよく手に入ったなぁと呆然とすることしかもはやできなかったもので──もさることながら、それらを再配置したり父親の作品を間に挟んだりすることで、自身の来歴を現代史に接続させる手腕が非常に巧みであった。非欧米圏の美術家が自身の来歴を制作によって提示すること(それはしばしば「ポストコロニアリズム」という動向のもとに語られる)の極大値であり、文物同士の関係性を自由自在に操作することで多面的な歴史のナラティヴを実現させているという点において、様々なイズムに対する抵抗ともなっていたわけで、きわめて稀有な鑑賞体験となった。

 

岡崎乾二郎「視覚のカイソウ」展(2019.11.23〜2020.2.24 豊田市美術館

 
 
 
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 1980年代にデビューして以来、絵画や彫刻といった様々なジャンルを飛び越えて重要な仕事を制作し続けてきた岡﨑乾二郎(1955〜)氏の初期作品から最新作に至るまでを一望できる貴重な機会となった。とかくなるほどさっぱりわからん感が先立ちがちな岡﨑氏の作品だが、配置の仕方に工夫を凝らしたり──とりわけ長いタイトルの絵画作品シリーズと初期の代表作となる《あかさかみつけ》シリーズとを隣接させていたのは、ポイント高──、キャプションに説明を多めにつけたりと、氏の展覧会の中でも割と教育的(?)配慮がなされていたのだが、それらと作品とを両睨みにすることで、とっつきにくさが先立つように見える岡﨑氏の作品がチャーミングな側面すら含んでいることを体感できた次第。無論これで氏の仕事の全貌を見切ったとは間違っても言えないのだが、少なくとも後世の未知なる観者にも開かれる機会となったことは、間違いあるまい。

 

・「坂田一男 捲土重来」展(2.18〜3.22 岡山県立美術館

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 ──そんな岡﨑乾二郎氏の監修のもと、岡山出身で1920〜30年代に渡仏していた以外はほぼ岡山県内で活動していた坂田一男(1889〜1956)の画業を通観するという趣で開催されていたのがこの展覧会。岡﨑氏は以前豊田市美術館で「抽象の力」展を開催し、1920〜30年代ヨーロッパにおける抽象芸術の同時多発的な展開を物質が知覚を超えてダイレクトに精神に働きかける力の追求と(再)定義していたが、「抽象の力」展が〈抽象の力 接触編〉とすると、フランスでフェルナン・レジェに師事しつつピカソモンドリアンなどと交流を結んだ(そして帰国後も岡山においてひとり世界の巻き直し=捲土重来(=革命?)を画業において探究していった)という坂田にクローズアップしつつその仕事を彼らとの対質において追っていった「坂田一男 捲土重来」展はさながら〈抽象の力 発動編〉というべきか。いずれにしても、1920〜30年代ヨーロッパにおける抽象芸術の同時多発的な展開に対して同時代の日本人美術家たちはその理解度において意外といい線行っていたという岡﨑氏の所説が坂田の作品によって説得力をもって観者に差し出されていて、見応えがありすぎる。

 

・「天覧美術」展(6.2〜12 KUNST ARZT)

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※出展作家:岡本光博(兼キュレーター)、木村了子、小泉明郎、鴫剛、藤井健仁

 詳細はこちらを参照されたいが、岡本光博氏が定期的に開催している「◯◯美術」シリーズがついにというべきか「天皇制」を俎上に乗せたことで関西では開催前から話題になっていたもの。とは言え天皇ないし天皇制それ自体を真っ向から政治的に俎上に乗せるのではなく、「描かれた天皇(制)」という側面が前面に押し出されているところに、岡本氏の絶妙なバランス感覚が存在していたのもまた、事実と言えば事実。そうすることによって、「天皇制」に対する別種の視座を遂行的に構築する、その端緒が垣間見えていたわけで(この展覧会の英語タイトルが「Art with Emperor」なのは、「with」という言葉が醸し出す微妙などっちつかず感もあって、なかなかに示唆的であろう)、その点にも要注目である。個人的には宮台真司氏が所蔵していることで知られる藤井健仁氏の作品(画像参照)を実際に見られたことがなかなか収穫だったものだが、他の出展作家も見ようによってはクリティカルな作品を多く出展しており、展覧会自体が異様な空気感を持っていたという点ではここ数年の中でもトップクラスであった。



・加賀城健展(9.19〜27 祇をん小西)

 
 
 
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 詳細はこちらを参照されたいが、染料が自然に布に染み込んでいった様子自体を作品化した新作の《Shimmering》シリーズが個人的にクリティカルヒット。日本においてはともするとメディウムや技巧の独自性や卓越性が自己目的化してしまうきらいのある現代工芸だが、そういった現代工芸の美質を損なうことなく思想やコンセプト(をめぐる諸問題)を直接的に俎上に乗せ、思考の位相における達成を見せていた──この展覧会においては「表現」と「無意識」との関係性をめぐる問いと考察が(加賀城氏が意図していたかどうかはさておき)露呈していたのだった──という点において、現代工芸からのファインアートへの越境という課題に対するハイレヴェルな回答となっていたわけで、それなりの期間にわたって加賀城氏の作品に接してきた者としても改めて刮目して見る機会となった。



・野中梓展(10.5〜10 Oギャラリーeyes)

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 近年、光と、光によるモティーフの表層の揺らぎを描くという方向に大きく舵を切っている野中梓女史だが、迎えた今年の個展では、その姿勢がさらに前面に出つつ、画面の方はますます禁欲的になっているわけで、一見すると茫洋かつ曖昧模糊とした表面を見せながらも、そこに描かれた時間の流れや作者と観者の知覚のうつろい、それらを描く/媒介するメディウムとして醸し出されてくる絵具の物質性などが渾然となっていて、いったん引き込まれるとすっかり見入ってしまう作品となっていた。ことに「ツルッとした冷蔵庫の表面に当たった弱い光」をモティーフにした小品(画像参照)は近年の野中女史におけるかかる絵画的動向の全てがガンギマリ状態になっていて、これはもう圧勝だなとおもうことしきり。この良さが分かるようになった己が眼を褒めたいと唸ることしか、もはやできないのだった。



・HUB IBARAKI ART PROJECT 2020(3.28〜9.13(途中中断期間あり) 茨木市各所)

 ※選出作家:永井寿郎

 ※チーフディレクター:山中俊広

 
 
 
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 写真家の永井寿郎氏を選出し「パブリックとプライベートの境界を考える」というテーマのもと、氏が茨木市各地に赴いて道路や私有地にドローイングを描いて撮影するという形で進行していった今年のHUB IBARAKI ART PROJECT。昨年に続いて「アートと公共性」という問題系に直接切り込んでいたのだが、以上のような行為を所有者との交渉を経た上で全て「合法的に」行なうことで、作品やパフォーマンスが行なわれる場自体がパブリックとプライベートがまだら状になっていることを明るみに出していたことになり、アート(あるいはより広く、人間の営み全般)と公共性との関係性をモデリングする上で非常に慧眼であったと言えるだろう。折からのコロナ禍によって人々の「プライベート」が「パブリック」へと裏返され、直接的な政治的統治(「三密を避けよう」とか)や経済的開発(「Go To トラベル」とか)の対象となったさなかに開催されたことにも要注目。数あるアートプロジェクトの中でも、現実の事象や推移とここまで「「「過剰にシンクロしてしまった」」」ものは、後にも先にもなかなかあるまい。



・「もうひとつの日本美術史──近現代版画の名作2020」展(9.19〜11.23 和歌山県立近代美術館)

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 明治時代以後現代に至る日本の版画史を通史として紹介するというこの展覧会、いかに個別性の高いジャンルであっても「通史」として展示すること自体近年ますます難しくなってきている中にあって例外的に蛮勇が振るわれた展覧会であったと言えるだろう。これは学芸員たちの功を素直に讃えるべき。日本において版画というと、かつて現代美術として一世を風靡していた時代があった…と過去形で語られて久しいのだが、この展覧会においては明治以後の版画をめぐる諸動向を丁寧に展示して関係づけることで、版画が絵画でも商業印刷でもない独自のアイデンティティを確立しようとしていく過程と、それが一定の達成を見せて1960年代の「版画ブーム」に結実し、そこからゆるやかに拡散していく──井田照一(1942〜2006)が「版画はその頃、芸術でも反芸術でもなかった」と発言していたことが思い出される──過程とが作品を通じて語られていたわけで、版画について不勉強な者としても美術史における巨大なミッシングリンクの一端に触れられる良い機会となった。

 

・今道由教展(7.13〜18 Oギャラリーeyes)

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 詳細はこちらを参照されたいが、1990年代からミニマリズムのフォーマットにのっとりつつ、主に平面において独自の考察を続けている今道由教(1967〜)氏、近年はこのOギャラリーeyesでの個展がその考察の経過発表の場となっているのだが、今年はトレーシングペーパーに縞模様を(模様を構成する二色を表と裏に分離して)印刷し折っていくという小品が中心だった。「絵画における視覚的な図像と物質的な支持体との関係に着目し、支持体としてのの両面性を活かしながら、支持体そのものへ物理的に働きかけることから生まれる表現を探って」いると作者自身が語っている通りの作品だったわけだが、半透明の紙を支持体に用い、表と裏というファクターを巧みに導入することで、絵画空間のようなものをこれまで以上にリテラルに作り出していたわけで、これまでの考察からさらに大きく飛躍していたことに瞠目しきり。

 

・新平誠洙「PAINKILLER」展(12.11〜20 KUNST ARZT)

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 instagramにアップロードされている絵画の画像を具象・抽象・イラストレーションの別なく適当にチョイスし、それをモティーフにして改めて描いた絵画作品が出展されていた(画像参照)が、そのような手法を取ることによって自身のオリジナリティに縛られがちな自身を相対化することが企図されており、それとは違った絵画のあり方/ありようを模索していたわけで、その意味で「PAINKILLER」という展覧会タイトルは言い得て妙であると言えよう。ところで、当たり前のことながら、instagramからチョイスされた作品は正方形となっているのだが、多くの画像においては絵画の全景が収まっておらず部分的に切られた状態になっており、そこになにがしかの暴力の痕跡が見えているのが興味深かった。絵画における正方形というサイズは昔からあるのだが、instagramの正方形はそれとは異質であることをどこかで予感させるものとなっており、ともすると流通する画像の量に注目が行きがちなinstagram論に対する介入としても、きわめてアクチュアルかつクリティカルであった。

 

ズガ・コーサクとクリ・エイト 二人展

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 新長田にあるcity gallery 2320で9月12〜27日に開催されたズガ・コーサクとクリ・エイト 二人展を見てきました。2009年に結成された謎の二人組ユニットなズガ・コーサクとクリ・エイト*1の新作個展。二人はこれまで主に神戸市やその周辺で新作を発表するたびに関西のアートシーンでいろいろ話題になっており、個人的にその盛名は以前から聞き及んでいましたが、実作に接するのは初めてでして(爆)。


 さておき、そんな二人の作風は、街かどにある風景をダンボールなどの故紙や廃物を用いて展示空間内に1/1スケールでムリヤリ再現するというもの*2。実際、これまでの展覧会では裏道や工事現場、川原、果ては城(←さすがにこれは1/1とはいかなかったようですが)まで作っているとのことですが、今回は展示スペース内に1/1神戸市バスとバス停のある風景をオブジェ+インスタレーションという形で作っていました。下町によくある二階建ての民家を改装してギャラリースペースとしているcity gallery 2320のことですから、もちろんスペース内に1/1市バスがまるまる再現できるはずはなく、ダンボールでオブジェ化されているのはバスの後ろ半分であとは壁に描かれているわけですが、それでもオブジェ部は座席やタイヤなどもダンボールを駆使して実物大で再現されている。そして二階のスペースにはバスとバス停の屋根がはみ出すように作られており、省略してもよさそうなところまでもキッチリと作りこんでいたわけで、「1/1で作ること」が意外と徹底されていたと言えるでしょう。ほかにも壁面に描かれた風景が透視図法にかなりの程度従って描かれているなど──実際、作品に接していると、ギャラリーの人に二人はここからの視点で風景を描いたんですとインスタレーション内の一角を案内されたのでした──、いくらでも避けられるところを避けずに作った形跡が見出されるのでした。展示空間内に廃物を使って1/1スケールで風景をムリヤリ再現するというのは、どうしても勢いと出オチ任せのおもしろアート感が漂ってくるものですが(後日、別のギャラリスト氏から聞いたのですが、二人とも関西におけるこの手の出オチ系アートの大物的存在だった堀尾貞治(1939〜2018)の弟子だったそうだから、なおさらである)、二人の作品はおもしろアートにしてもクオリティというか説得力のレベルが違っており、見入ってしまうことしきり。


 しかしその一方で、より仔細に見てみると、単なる出オチ任せのおもしろアートで済まされない要素が見出されるのもまた、事実と言えば事実。ことにそれはこのインスタレーションに横溢している空間感覚に顕著である。上述したように、今回制作された1/1神戸市バスとバス停のある風景はオブジェも壁画も透視図法に従って配置されるように作られ描かれておりまして、その意味では三次元に拡張された絵画と言ってもあながち的外れではなさげなのですが、実際には展示空間との兼ね合いでかかる視覚的秩序に厳密に従っていないところもまだら状に存在している。もそのこと自体をこのインスタレーションについて考察し評価する上で瑕疵とはせずに、視覚的秩序の(部分的な)破綻も作品に織り込まれていること自体をポジティヴに読み直すことが、二人の仕事を読み解く際に、二人の仕事の創造性を解放する際に求められているのではないだろうか。


 ところで先日twitterのタイムラインをだらだら見てましたら、建築or建築史の研究者とおぼしき人のツイートが目に入りまして、それは桂離宮の一角にある東屋(松琴亭)と庭について呟かれていたのですが……

 

 
 ──松琴亭の特徴的なフォルムを「ノンスケール、ノンパースペクティブ」の所産であり「その場にある視覚情報以外の物質がもつ記号性や引用される物語・イメージなど、もろもろがすべて等価にミックスされていたはず」と読み解くここでの視点は、そのままズガ・コーサクとクリ・エイトの作品に対しても敷衍できるでしょう。二人の作品の場合、等価にミックスされるのは物語やイメージというよりも、街角の風景という現実性と遠近法的な「見え」にかかわる記号描写と、そして(これが最も重要なのですが)展示空間が本来的に持つ空間的な制約という、より唯物的で世知辛い要素なのですが、いずれにしましても、結果としてノンスケールでノンパースペクティブにせざるを得ない部分が、遠近法的描写の中に唐突に割り込んでくることの面白み──個人的にはとりわけ階段裏の面や室内にあるエアコン周りの処理の仕方のあまりの強引さに吹いてしまいました──の向こう側に、桂離宮に典型的に見られるような遠近法、より正確には西洋的な一点透視図法とは異なる世界認識の方法がうっすらとではあるものの垣間見えるわけで、そこに単なるおもしろアートにとどまらないクリティカルなものがあったように、個人的には思うことしきりなのでした。


 (追記)その後、この1/1神戸市バスは10月初頭に某幼稚園に移築されて再展示されたとのこと(一般には非公開)

 

*1:仄聞するところでは二人とも女性で、ユニット結成以前からソロ活動歴があるらしい。後日、二人のソロ活動時の作品画像を見たけど、全く異なる作風だった。

*2:一例として、2018年にCAPスタジオY3で開催された「仮の風景 あっパートII」展の記録サイトをあげておくhttps://www.cap-kobe.com/kobe_studio_y3/?p=2825

加賀城健展

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 花見小路沿いにある祇をん小西( https://gionkonishi.com/ )で9月19〜27日に開催の加賀城健展を見てきました。加賀城健(1974〜)氏は1990年代から関西で染色作品を作り続け、近年は金沢に拠点を移して活動していますが、今回はそんな加賀城氏の京都では久しぶりの個展となっています。

 

 今回は伝統的な京町家の内装をよく残している祇をん小西の三つの展示空間──通りに面した四畳半ほどの小部屋、二部屋続きの広間、坪庭を挟んだ向こう側にある小スペース──にそれぞれ別シリーズの近作/新作を出展するという構成でした。もう少し具体的に見ていきますと、最初に接することになる小部屋ではそれぞれ赤と青に染められた二枚の布が何かに覆いかぶさるように敷かれており、続く広間では茫洋とした色彩に染められた同じサイズのタブローが整然と並び、最後に奥の小スペースには染色用の糊をスキージを用いて布地の上で力ずくで引き伸ばして染めた作品が敷かれていたわけですが、以上の作品群の中でも個人的にとりわけ瞠目したのは、広間に整然と置かれた《Shimmering》シリーズでした。改めて触れておきますと、このシリーズは一見するといくつかの色が淡く茫洋とした趣をもって、それぞれ違った色合いと風合いに染められているという作品だったのですが、加賀城氏いわく、これらは水を張って染料を数滴垂らしそこに布地をかぶせて自然に染みこんでいく(マーブリングを想起すると分かりやすいでしょう)ことで作られているそうです──つまり氏の手は制作の準備段階以外では染料を垂らすことと終わったあと布地を適切なサイズに切っていくこと以外にはなく、最も重要な「染め」のプロセスには主体的には関わっていないわけですね。で、様々な色合いと風合いを持ってタブローとして加工された布地が22点、畳敷きの上に整然と並べられていた、という。

 

 加賀城氏がいかなる意図のもとにいかなる理路をたどってこの《shimmering》シリーズに至ったのかについては聞きそびれてしまったのですが、個人的には以上のような手法を採用したことで、染色という技法がジャンル内における様々なスペシフィシティ(メディウム、手技、ジャンル論的自意識etc)の支えないしエクスキューズがなくても、美術というかより広く表現一般という位相においてもまた有効な提案ができる──管見の限り、ある時期以降の現代工芸は、上にあげたような様々なスペシフィシティの内部に自足することによって表現一般という位相に対することを回避してきたように見えます(それによってジャンル内部における多様性と多産性が、そして以前から言われているような「(現代)美術と工芸のクロスオーバー」という動きが保証されるようになったというのが、また難儀なのですが)──ことを、作品によって示しえていたことが非常に重要であると考えられます。ことにそれは〈無意識〉という概念にかかわって、重大であろう。

 

 〈無意識〉とは何かについての厳密な定義については(当方の能力をはるかに超えているがゆえ(爆))ここでは超大雑把に「自意識の外ないし下部にあり、別個の構造をもって作動している心的機制」としておきますが、〈無意識〉とそれを表現することとの関係は単純なものではありません。例えば20世紀前半におけるシュルレアリスムは、〈無意識〉を表現するに際して、なにがしかの主体が表現するのではなく、〈無意識〉が(主体を介さずに)自身を表現するという、そのような事態を集団的実践を通して目指していました。かかるシュルレアリスムの経験/実践から〈無意識〉についてさらに一歩進めることができるでしょう──〈無意識〉とは表現に先立って即自的に存在するのではなく、非主体的な表現が先行しているし、そのような表現がなければ無意識もまた存在しないのである。

 

 加賀城氏の作品に戻りますと、《Shimmering》シリーズにおいては、既に見てきたように、染料が布地に自然に浸透していくプロセスが作品を構成する大きな要素となっているのですが、かような手法を採用したことで、このシリーズは〈無意識〉と表現との逆立的な関係についての作品、表現が〈無意識〉に先行している──より正確に言うと表現の中断によって〈無意識〉が露呈する──という複雑な心的機制それ自体についての作品となっていると言えるでしょう。それを自身のというより、言うなれば自身+(非主体的な)モノの〈無意識〉という仮想-実効的な(virtual)位相において、工芸とそのサブジャンルとしての染色の技術的な核心を放棄することなく、しかしそれにジャンル論的に内閉することもなく遂行しきったところに、この作品の特筆大書すべきアクチュアリティが存在する。

 

 ところで加賀城氏は2017年にthe three konohana(大阪市此花区)で前期・後期にわたって開催された「〈Physical/Flat〉」展が当時における事実上の回顧展となっていた*1もので、そこでは布地に加えられた物理的な力の痕跡を染色という形で表現するという1990年代〜ゼロ年代前半の作風を起点に、色彩の大胆な(再)導入によって〈染色〉という行為をジャンル論的に再画定しようとする──絵画との対質がそこでは問題になるだろう*2──ゼロ年代後半〜ここ数年の作風への推移が作品を通して可視化されていたわけですが、今回の出展作はそのような氏の作風の観点からすると、初期→中期→(「〈Physical/Flat〉」展以後の)現在それぞれの段階を、再考やリメイクを含めた形で再演するものとなっていたのでした。かかるプロセスを経てついに至ったのが《Shimmering》シリーズであることは、ここで押さえておく必要があるでしょう。加賀城氏の息の長い持続的な実践がもたらしたものは、かくも豊潤なのである。

*1:前半(「Physical Side」)→ http://thethree.net/voice/4619 、後半(「Flat Side」)→ http://thethree.net/voice/4621

*2:次の文章を参照のこと《染色をして作品発表する方々と話す機会があるとする。話の内容は決まってあの人は絵が描ける、描けない、という話に終始して、その絵がなぜ染色でなければならないのかの議論が少ない。私はこのことにずっと疑問を抱いてきた。染色家たるもの、その求める中心に染めることがあるべきだと考えるからだ》(加賀城健「創作をとおしての所感」)

竹山富貴「2人きり」展

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 昨年あたりからでしょうか、この時期のギャラリーマロニエではa.k.a.京都造形芸術大学の学生──とりわけ、半年後に卒展を控えている4回生──の個展が開催されるようになっていますが、今年も3フロアで3人の個展がそれぞれ開催されていました(9.8〜13)。その中でも出色だったのは、4Fのスペースで開催されていた竹山富貴「二人きり」展。

 

 現在同大学の総合造形コースに在学中という竹山富貴(1997〜)女史、今回の出展作は大型のヌード写真の手前に黒い線を施した同サイズのビニールシートを垂らした作品でした。ビニールシートにカッティングシートによって施された線は一見するとランダムで断片的なものに見えますが、実際は被写体の輪郭からアタリを取って描いておりまして、で、鑑賞者はそれが描かれたビニールシート越しに写真(と被写体)に接することになる──かような観賞形式が何の隠喩なのかについては、このご時世もはや触れるまでもありますまい。竹山女史は以前から女性の身体をモティーフにドローイングや写真作品を制作しているそうで、今回の場合、昨今のコロナ禍で自身がなかなか外出ないし大学での制作活動ができないさなか、知人にカメラを渡し、彼が撮ってきた恋人の写真を素材にしているという(実際は首から下しか写っていないので、具体的に誰なのかは窺い知れないのですが)。

 

この写真は、私がある男性にカメラを渡し、彼の恋人のヌードを撮ってきてもらった。2人きりの空間で撮られた写真は、彼らの非常にプライベートな空間であり、外の世界から隔離された世界だった。その女性の体に私が線を描き、彼らの日常の中にあるヌードと私の線を融合させた。(ギャラリー内にあったステイトメントより)

 

 以上のように竹山女史の今回の作品は、自身のではないプライベート写真を用いてそこに間接的にではあれ自身の仕事を描き加えることで、プライベート/パブリックという二項に対して別の視角から介入しようとしていることが上のステイトメントからも読み取ることができるわけですが、ではそれはいかにしてなされているか。上述したように今回の出展作は大型のヌード写真の手前に黒い線を施した同サイズのビニールシートを垂らし、そこにカッティングシートによって被写体の輪郭線をなぞる線が施されているわけですが、実際に作品に接してみるとそれは厳密になされているわけではなく、断片化された諸線分として描かれている。そして照明の加減によって線分と実際の輪郭線は往々にして一致せず、線分の影が写真の上に胡乱に投影される──言うまでもなく、それは鑑賞者の見る角度によってさらに変化していくことになるだろう。こうしてプライベートな形で撮影された写真は二重化され、身体をめぐる輪郭線が他者によって胡乱なものとなって、被写体自体をさらに胡乱なものにしていく。竹山女史は以前、同じように大判のヌード写真(このときはネットから拾ってきた画像を用いたそうだ)を用いて、被写体の輪郭線を太い鉄線を曲げることでなぞり、写真の前に置いたそうです。かような、鉄線からカッティングシートへのメディウムの変更が効いているのは、鉄線だと線が自立してしまい、写真と独立して存在してしまうからなわけで(実際、講評会の場でそれはジュリアン・オピーの作品と何が違うのかと、相当突っ込まれたとのこと)、その点から見ても、今回ビニールシートとカッティングシートによって胡乱な線分を作り出したことは慧眼であると言えるでしょう。プライベート/パブリックという二項を、互いに分離させて存在させるのではなく、双方が胡乱に攪乱される、そのような場・舞台として被写体を存在させること。

 

 それを踏まえた上で改めて作品に向き合ってみると、今回の作品がビニールシートを用いることで現状において不可避的に帯びてしまう文脈や性質・性格──巷間それは「ポストコロナ」や「with corona」、「under corona」といった言葉とやや雑に紐づけられているわけですが──を越えた視覚的効果を持ちえているように、個人的には思うところ。これを踏まえて卒展においてどのようにブラッシュアップしていくか、要経過観察。

 

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 ところで他の方々の個展についても軽く触れておきますと、5Fで開催されていた小西葵「ふしぎななかま」展は自作のもふもふした架空の生き物のオブジェが会場内にリアル/ヴァーチュアル問わず点在しているという趣でしたが、その生き物を山林の中に置いた様子やそんなオブジェたちと共生(?)する作者の奇妙な生活を映した映像作品が意外と面白く、これはむしろ映像だけの展示にしても良かった説。また3Fの浦和寿幸「やわらかい生活」展はエメラルドブルーの釉薬が爽やかな器が並べられており、工芸的な端正さと真っ当さは良い感じでしたが、現代陶芸はここからどう超展開させていくかが勝負どころなので、そのはるか手前でとどまった印象(まぁ工芸系の学部生にそこまで求めるのは酷に過ぎるんですが)。